加藤直樹さんによって翻訳されたチェ・ギュソクのグラフィック・ノベル『沸点(原題「100℃」)』では、いかにも現代韓国の若者(キャンドル世代)らしい繊細な感性とクールな語り口で、87年の「革命」があくまでも無名の人々の苦悩と模索の物語として語り直されている。
そこで描かれている1980年代の韓国は、安倍政権下の日本とリアルに重なる。野党は無力化され、マスコミは骨抜きに。経済成長のために労働者の権利と賃金は抑えつけられ、学校では反共(愛国)教育が行われる。
国民の目を政治からそらすために、オリンピック等を招致しお祭り騒ぎが演出される——。
韓国では、路上で、大学で、工場で、民主主義を求めて叫ぶ人々の声が凍えた時代に熱を与え、「100℃」へと向かっていった。それに対して今の日本は果たして何℃なのだろう?
沸点めいたものは国会前や沖縄の県民大会などきわめて局所的なものにすぎず、批判勢力は分断され、沸騰への予兆が感じられない。多くの国民は無関心を決め込んでいる。
かつて80年代においては、韓国のことを「20年前の日本」と粗雑な単線の発展史観で安穏と見下していたが、今の日本は「30年前の韓国」にも及ばない。
しかし、この『沸点』が指し示しているものはそれにとどまらない。一人ひとりの模索や小さな“革命”の連鎖反応を通じて世の中が変わっていく。
国や時代が異なっていてもそのことに変わりはなく、読む者は過去と向き合い、かつてありえたかもしれないが忘却されてしまったもの(「民主主義とは大切な、しかし破れやすい一枚の白紙です」)を再発見し、そして未来にも目を向け、ありえるかもしれない希望をそこに見出すことになるだろう。
『沸点』は「30年前の韓国」から贈られた、希望と励ましの書である。
【ブログ編集部より】
田村先生は1969年生まれ。大学で政治学の教鞭を執る傍ら、ミシシアター「KBCシネマ」の企画プロデューサーを務めたり、地元の本のお祭り「ブックオカ」と精力的にコラボしたりしている、福岡の文化系イベントの仕掛け人でもいらっしゃいます。福岡という地の利を生かして、日韓の学生交流も積極的に進めてきた方です。